前立腺がん
前立腺がん
前立腺がんはもともと欧米に多く、日本では欧米の1/10~1/20といわれ、発生率の低いがんと考えられていました。しかしここ最近日本でも、前立腺がんが急増しており、2020年には肺がん、胃がんと同程度になることが予想されています。
前立腺がんでは、これといった予防法がありません。なによりも大切なのは早期に発見し、早く治療を始めることです。
当院は平成10年4月、泌尿器科専門クリニックとして開院しました。
日本は、少子高齢化社会を迎え、やがて迎える「2025年問題」とは、団塊の世代が現役引退をし、皆様方が後期高齢者となる頃で、日本の医療・介護の十分な供給の疲弊が叫ばれています。
そんな中、前立腺がんの患者数は急増中で、10年後には男性のがん死亡者数で2位になると予測されています。
そこで、各地で「お父さんの命を守れ!前立腺がん早期発見」などと題して、前立腺がんの早期発見のために、「PSA検診」が施行されています。県内でも、千葉市・市原市・茂原市などでも行われ大いなる成果を挙げています。
実は、前立腺がんは進行する前ならほぼ100%完治します。しかも、がんの中でも特に早期発見しやすいがんです。
「PSA検診」とは、わずか1cc採血するだけです。
前立腺だけで作られるPSA(前立腺特異抗原)というタンパク質が、がんになると血液中に放出されることを利用しています。
50歳を過ぎたら、年に一度PSA検査を受けるように日本泌尿器科学会では推奨しています。
実際、アメリカではPSA検査の普及により、前立腺がんによる死亡者数が減りました。
ところがこのがん、たくさん自覚症状があるにも関わらず、加齢による尿のトラブルと症状がそっくりのため、病院に行かず放置してしまいがち…。治せるはずの段階のがんを見逃してしまうことがとても多いのです。
当地、大網白里市でも、健康重視の観点から、平成22年より「PSA検診」を採用し、早期発見・早期治療に大いに貢献しています。
そこで、千葉県がんセンターを基幹病院とした、「病診連携パス」が活躍し、患者さんがどの地域に住んでいても、基幹病院で最新の治療(例えば、ロボット支援手術など)を受けることができ、治療後、地域で経過観察が可能となるシステムを活用しています。
小学館文庫健康シリーズ第一弾として、私の著書「前立腺は切らずに治す」があるように、今後の高齢化社会では、前立腺がんを正しく理解し、早期発見に努める必要があります。
私は、平成22年より「PSA検診」啓蒙のため、大網白里町と山武郡市医師会の共催、NPO法人千葉健康づくりネットワークの後援で定期的に、当地の保健文化センターで定期的に多くの方にお集まりいただき、市民講座を行っています。
2012年は、「日本泌尿器科学会」創立100周年でもあり、一般の方に、泌尿器科疾患について少しでもご理解願えれば幸いです。
今回は、「前立腺がんとレディースケア」と題して、前立腺肥大症と前立腺がんの基礎知識と最新治療法についてご紹介したいと思います。
前立腺肥大症は、男性ならば、誰にでも訪れる加齢現象です。しかし、日常生活に気をつけることで、進み具合を遅らせたり、症状を軽めに抑えたりすることができます。つまり、正しい知識をもって、積極的に前立腺を検査して、適切な治療を受けることで症状は改善されます。また、いまの日常生活の上でいくつかの点で気をつけることで、オシッコの出具合は大きく変わり、生活の快適さにも雲泥の差が出てくるのです。最近の泌尿器科学の進歩は著しく、薬物治療や手術治療も発展しています。また、検査法も進歩して、痛くない方法を旨としますので、ついつい病院に足が遠のいてしまう人でも、安心して泌尿器科専門医に受診して下さい。
前立腺肥大症の症状は、段階的に進行していきますが、中にはほとんど自覚症状のあらわれない人もいます。具体的な治療については、「前立腺肥大症の診療ガイドライン」で、EBMつまり医学的な根拠に基づいた治療法が謳われています。近年、この領域の薬物開発の進歩は著しく、その恩恵は計り知れない。尿が出にくくなる「前立腺肥大症」という病気が存在することはよく知られていますが、肝心の前立腺そのものについては、あまり知られていないかもしれません。
前立腺は男性だけにある生殖器官の一部です。古くは「摂護腺」と呼ばれました。女性でいえば子宮に相当する器官です。哺乳類には必ず存在し、男性の生殖機能に欠くことのできない大切な臓器です。解剖学的には、膀胱の下に位置し、形、大きさ、ともに栗の実に似ています。重量は正常で15~20g程度です。肛門から直腸を触診すると、前立腺に触れることができます。ベテランの泌尿器科医であれば、この直腸診だけで、前立腺肥大症と前立腺がんを診断できる場合があります。
前立腺のなかを尿道が貫通し、左右の射精管が後方から前立腺の中央部を通って尿道に開口しています。構造的に前立腺を見てみると、均一の組織ではなく、一部が筋性、一部が腺性となっています。従来、尿道に近い内腺と皮膜に近い外腺に分類されていましたが、最近では辺縁ゾーン、中心ゾーン、移行ゾーンの3つに分類されるようになりました。辺縁ゾーンが外腺、中心・移行両ゾーンが内腺に当たると考えられます。前立腺肥大症は移行ゾーンから発生し、前立腺がんは、どの部位からでも発生しますが、主に辺縁ゾーンから多く発生します。若いときは移行ゾーンは小さく、辺縁ゾーンが前立腺の大部分を占めています。ところが、加齢とともに移行ゾーンが大きくなり、肥大が発生すると辺縁ゾーンは皮膜のほうに押しやられて、最後にはわからないほど薄くなってしまいます。
前立腺の役割や働きについては、不明な点が多いのですが、明らかになっているのは次のようなことです。まず、精液の一部となる前立腺液を分泌します。前立腺液は、精液の15~30%を占め、乳白色でさらさらした液です。前立腺液はアルカリ性で、クエン酸、果糖、亜鉛など多種多様な物質が含まれています。クエン酸は緩衝液として精子を守り、果糖は精子の運動エネルギー源、亜鉛は精子の運動促進、などの役割を果たしていることはわかっていますが、その他についてはわかっていません。
また、膀胱頚部に接していることから、前立腺にはもうひとつの大事な役割として、尿をもらさないようにする働きもあると考えられています。前立腺には多くの平滑筋が含まれ、交感神経からの刺激を受け、α1受容体を通して収縮します。そこで、前立腺肥大症の治療薬として、α1受容体遮断薬があります。つまり、α1受容体の経路を断ち、前立腺を弛緩させるのです。その結果、前立腺の中を通っている尿道が広がり、尿の流れがよくなるという訳です。
前立腺はその発生から増殖、成長までのすべてを男性ホルモンに依存している特異な臓器です。精巣から分泌される男性ホルモン(テストステロン)の刺激がなければ、前立腺は発生しません。したがって女性には前立腺がないのです。もし、思春期までに去勢したとすると、前立腺は小さくなり、以後成長しません。また、この人が前立腺肥大症や前立腺がんになることもありません。ここで、強調したいことは、前立腺肥大症と前立腺がんは、まったく別の病気であり前立腺肥大症を放っておいて前立腺がんになるわけではありません。ですから、前立腺肥大症ではないかと調べているうちに、偶然、前立腺がんが発見されるということも珍しいことではありません。最近になって、前立腺がんの患者さんが急激に増加していますので注意が必要です。
前立腺肥大がなぜできるのかは、よくわかっていません。ただ、高齢者に特有の病気であること、思春期前に去勢すると発生しない病気であることなどから、男性ホルモンと加齢がかかわっていることは間違いありません。そのひとつに、DHT(ジ・ヒドロ・テストステロン)説をあげます。前立腺が男性ホルモン依存性の臓器であることは、すでに述べました。具体的には、精巣でつくられたテストステロンという男性ホルモンが、血中から前立腺細胞に取り込まれ、5α還元酵素の働きで、男性ホルモンとして、より活性度の高いDHTに変換されます。このDHTが前立腺の増殖や維持をコントロールしていると考えられます。DHT説は、前立腺内にDHTが異常に増えたときに肥大が発生するのではないか、という仮説です。実際に肥大した前立腺では、5α還元酵素や男性ホルモン受容体が増えていることは確認されています。しかし、DHTそのものの濃度は、正常前立腺でも肥大前立腺でも変わりはありません。
次に、女性ホルモンのエストロゲン説をあげます。エストロゲンが、男性にしかない前立腺に関与していることについては、「犬にエストロゲンを与えて実験的に前立腺肥大症をつくり出すことに成功した」など、さまざまな報告があります。加齢とともに前立腺肥大症が発生してくることは明らかですが、これは精巣機能が低下し、男性ホルモンが減少するにつれ、相対的に女性ホルモンの量が増加することになるためではないかと推測されています。加齢とともに前立腺の間質細胞にエストロゲンが蓄積されていくという報告もあります。こうした報告から、エストロゲンが前立腺に重大な影響力を持っていることは確実です。
前立腺肥大症は典型的な年齢依存性増殖です。病変の経過は長く、早ければ30代に始まり、ゆっくり増殖しながら、40~50代で症状が出ると考えられています。60歳を過ぎると、半数以上の人が夜間頻尿と排尿障害を訴え、65歳前後で治療を開始する人がもっとも多くなります。そして80歳までには80%の人が、前立腺肥大症になると見られています。程度の差はあれ、ほとんどの男性は、長生きしていれば前立腺肥大症になるのです。日本で前立腺がある程度肥大し、尿の出方も悪いという人は、およそ110万人。厚生労働省の調べでは、そのうち30万人が治療を受けているという報告です。
欧米に比べれば日本では前立腺肥大症が少ないのは事実です。しかし現在、日本の前立腺肥大症は急激に増えつつあります。単純に高齢社会になったからとばかりはいっていられない現状です。前立腺肥大症は、穀菜食中心で寿命も短かった戦前には、比較的少ない病気でした。それが経済の復興とともに増え続け、今や先進国なみになろうとしています。食事や生活の欧米化が、前立腺肥大症を増加させていることは間違いないでしょう。こうした排尿障害の症状を訴えて、病院を訪れる方のほとんどが50歳以上の男性です。もっとも疑われるのは前立腺肥大症と前立腺がんです。
しかし、他にも排尿障害を起こす病気があり、症状だけで前立腺の異常と決めつけることはできません。たとえば夜間頻尿は、前立腺肥大症の典型的な症状のひとつです。そこで、自分はひと晩に2回以上トイレに起きるから、前立腺肥大症に違いないと思い込む人がたくさんいます。しかし、夜間頻尿でまず疑わなければならないのは、寝る前に水分をとり過ぎていないでしょうか。夕食が塩分の多いものだったり、お酒をのんだりしたときには、当然水分の摂取も多くなり、夜トイレに起きる回数も増えるはずです。
また、夜間頻尿との関係で最近注目されているのが、睡眠の老化といわれるものです。一般的に、正常な睡眠には一定のリズムがあります。約90分の周期で浅い眠りと深い眠りを繰り返しているのです。高齢者の睡眠は若い人に比較して規則正しい深い睡眠がほとんどなく、浅い睡眠が頻繁に現れ、熟睡できていないことが特徴です。これが睡眠の老化です。つまり、夜間頻尿は前立腺肥大症や前立腺がんの症状であると同時に、睡眠・尿意というものは、本来規則的なものではありません。体調や温度、水分のとり方などによって変わってきます。つまり、全然トイレに起きない夜もあれば、たまに2回ぐらい起きる夜もあるというのが普通です。「もう年だから、尿の出が悪くてもしかたがない」と、あきらめたり、「夜、何回もトイレに起きるから、前立腺肥大症だ」と決めつけたりする前に、一度、専門医に受診することをおすすめします。
更に、前立腺肥大症の症状を複雑にしている合併症に、「過活動膀胱(OAB)」が挙げられます。実際に、前立腺肥大症の患者の70%に過活動膀胱が見られます。過活動膀胱とは、突然の尿意を頻繁に感じ(尿意切迫感)、時には、突然の尿失禁(切迫性尿失禁)を伴う症候群で、統計では、日本において成人の12.4%、実に810万人に認められる疾患なのです。最近の研究から、この疾患は、高コレステロール血症(脂質異常症)や糖尿病といった生活習慣病との関連が深く、さらに、それらによる膀胱粘膜の血管の血流に行き着くのであり、まさに、「血管病」と呼べるかもしれない。これによる、夜間頻尿は、クオリティ・オブ・ライフ(QOL)を損ねます。夜間頻尿の回数が多いほど、夜間の転倒・骨折が多くなり、それをきっかけとした寝たきりの原因ともなりかねず、夜間頻尿の回数と、平均余命には統計上も因果関係があり、高齢者は、日頃より、気を付けていただく必要がある。
前立腺肥大症になると、排尿にどんな不都合が生じるのでしょう。先ほどの、自覚症状を整理してみましょう。
尿の勢いを検査するために、病院に行くと尿流測定という検査を受けることになります。これは測定器に向かって排尿するだけの、簡単な検査で、尿の勢いが波形としてグラフになって図示されます。それをみて、一見して排尿障害のパターンがわかるわけです。前立腺肥大症などによる排尿障害があると、この尿流量曲線は低い連山型のパターンとして描かれます。
また、もっとも勢いよく排尿するときの毎秒当たりの排尿量を最大尿流量率といいます。尿の勢いは、排尿量と関係があり、排尿量が増すほど増大します。わかりやすくいえば、たくさんたまっているほど、尿の勢いもよくでるということです。しかし、そうはいっても限度があり、全排尿量250mlぐらいを目安に、それ以上はいくらためても最大尿流量率は増大しません。たとえば100~150mlの尿を出す場合の正常最大尿流量率は、毎秒15~18mlです。もし、100~150mlの尿を出したときの最大尿流量率が、毎秒10ml以下であれば、治療が必要です。
次に、症状による前立腺肥大症の進行・病期について説明します。
第1期の頻尿や排尿障害は、肥大組織が膀胱を刺激するためと考えられています。残尿が発生するほど肥大は成長していません。しかし、問題は病院に行かない人です。
宴会でいい気持ちで飲んでいて、トイレに行ったら、出ない!などという人は第2期です。ここで残尿が発生します。放尿力とは、排尿しようとする力と、せき止めようとする力のバランスです。正常な排尿では、膀胱にたまった尿はすべて排出されます。ところが、前立腺が肥大し、尿道が圧迫されて狭くなると、せき止める力が増大しますので、放尿力が低下して、だんだんと膀胱に尿が残るようになってしまいます。これが残尿です。普通の人は、せいぜい我慢しても400mlぐらい尿がたまるとトイレに行きたくなります。たとえば残尿が100mlある人では、300mlたまったらトイレに行きたくなる計算です。つまり残尿の分だけ頻尿になるわけです。
第3期は、排尿できたとしても、ほんの上澄みだけで、またすぐにトイレに行きたくなる状態です。トイレとの往復で1日が終わってしまうような、ものすごい頻尿です。極端な例では、尿閉といって、膀胱に尿が1000ml以上もたまってしまうことがあります。こうなると、コップから水があふれるように、尿があふれ出てしまいます。これを、溢流性尿失禁(いつりゅうせいにょうしっきん)といいます。
ところが、当の患者さんにたずねても、排尿障害の自覚症状はなく、むしろ頻尿で困っていますと答える人が多くいます。また、内科などのかかりつけの先生に、ついでにそのように訴えて、頻尿を治す薬、つまりオシッコがでにくくなる薬を処方されて、ますます排尿障害に拍車がかかり、とうとう急性完全尿閉となり、おなかがパンパンに張って、うなりながら受診してくる患者さんを時々みかけます。このように、排尿障害を正しく診断することは、医者であっても案外難しいものなのです。
前立腺肥大症の治療というと、かつては開腹手術が主流でした。昔は、治療法があまりなく、選択の余地がなかったからです。また、症状が重くなってはじめて病院にかかる人が多かったことなども関係しています。手術は確かに治療効果が抜群です。しかし患者さんの負担も大変なものです。まして前立腺肥大症の患者さんは、ほとんどが中高年齢者です。体力的にも、あるいは他の病気にかかっている場合も多いことなどを考えれば、手術はなるべく避けたいと薬物による保存的な治療が主体になっています。
薬物療法に用いられる薬には、次のようなものがあります。
これらを症状や肥大の程度に合わせ、単独に、あるいは薬を組み合わせて用います。その中でも、主役は前立腺の緊張を緩和するα1受容体遮断薬です。膀胱頚部と前立腺には多くの平滑筋が含まれ、交感神経からの指令を、α1受容体を通して受けて、収縮します。ですから、寒いときやストレスが原因で排尿障害が起こるのは、交感神経が緊張して平滑筋が収縮するからです。なので、この経路を断てば、前立腺の緊張は解かれ、前立腺部の尿道の緊張は緩和されて排尿障害も改善されるというわけです。さらに、このα1受容体遮断薬は、交感神経からの刺激をブロックしますので、収縮期血圧を多少低下させる作用もありますので、そろそろ血圧が高くなりそうな中高年の患者さんには、一石二鳥の作用といえます。実際、外来でも患者さんにそのように説明して、薬の内服の重要性を説明しています。短所としては、薬をやめてしまうと、また症状が出てしまうということです。
以前から使用されている、抗男性ホルモン剤も良いお薬ですが、短所としては、性機能の低下を招いてしまうことです。また、前立腺がんの腫瘍マーカーのPSA値を低下させるために、前立腺がんの早期診断を困難にしてしまうという弊害もあります。
そして、薬物療法で思うように症状が改善しない場合は、手術に踏み切ります。現在では、内視鏡による経尿道的前立腺切除術(TUR-P)という手術が主流になっています。その他にも、レーザーを使った前立腺切除術(Ho-LEP)など、なるべく出血の少ない手術法への工夫がなされています。まさに「前立腺は切らずに治す」時代になりました。前提として、早期に専門医の診断と適切な治療を受けることで、すばらしいクオリティ・オブ・ライフ(QOL)を取り戻し、快適な生活を送られることを希望いたします。
さらに、早めの診断・治療をお奨めするのには、もう一つの理由があります。実は、前立腺肥大の症状の影に、前立腺がんがひそんでいることがあるのです。前立腺がんと前立腺肥大症は、症状に似ているところがあり、前立腺がんは、早期の段階ではほとんど自覚もありませんが、腫瘍マーカーとして、PSA(前立腺特異抗原)の採血検査だけで前立腺がんも多く発見されるようになっています。前立腺がんも、ほかのがんと同様に、早期のうちに見つければそれだけ治癒率も高くなります。天皇陛下も同疾患のご治療のご様子がマスコミで報じられてから、ますます関心が高まっています。
前立腺がんの早期発見の場合、治療法として、肥大症とは異なり、まず、開腹手術の前立腺全摘出術があげられます。これは、前立腺肥大症に対する手術とは全く異なり、精嚢腺も含めて前立腺を摘出する手術です。リンパ節郭清も同時に行います。術中の合併症としては、輸血を必要とするような出血、まれに直腸の損傷。術後の後遺症としては、勃起不全、尿失禁、まれに排尿困難があります。これらの、合併症や体の負担を少なくするために、最近、病院によっては、内視鏡を下腹部に4本差し込み、上記の手術を行う腹腔鏡下手術が行われるようになりました。しかし、この手術は、かなりの熟練を要し、専門施設でのみ施行されています。さらに、進歩して、最近ではda Vinciサージカルシステムを導入した、ロボット支援腹腔鏡下前立腺摘除術(ロボット支援手術)も条件によって保険適応となり、より早期に社会復帰が可能となりました。
他には、前立腺がん治療の、ブラキーテラピー(密封小線源治療)と呼ばれる放射線治療が平成14年12月からようやくわが国で可能となりました。この治療法は、放射線同位元素の粒(シード線源)を前立腺組織内に刺入して組織内照射を行うというものです。米国での成績では、治療効果は手術とほとんど同じという報告です。この治療法は、開腹手術と比較していくつかの点で利点があります。つまり、性的合併症も含めて、合併症の発現頻度が低い、入院期間が短い、などです。今後、前立腺がんは日本でも増加が見込まれる癌であり、この治療法は我が国でも普及することが予想されます。これらの詳細は、日本泌尿器科学会のホームページ等をご参考下さい。
このように、前立腺肥大症・前立腺がんの診断と治療は現在も目まぐるしい進歩をしているのです。ここで、申し上げたいことは、現代医学の進歩により、前立腺肥大症はまさに「前立腺は切らずに治す」時代になりつつあると思います。そのためにも、50歳を過ぎたら、健康管理のために、早期に専門医の診断と適切な治療を受けることがますます大事になると思います。
最後に、まとめとして、前立腺肥大症と上手につきあっていくための日常的なポイントを、「前立腺肥大症とつきあう10の鉄則」として提唱したいと思います。すなわち、
これらの根拠について補足の説明をいたします。前立腺が大きくなると、前立腺の中を貫いている尿道が圧迫されて狭くなっています。ですから、この部分に負担をかけると、むくみが生じて、余計にオシッコが出にくくなります。たとえば、冬の寒い日に、緊張した状態で、ずっとオシッコをがまんしながら体を冷やしてゴルフに興じ、宴会でお酒をいつもより多く飲んで、トイレに行ったらオシッコがまったく出なくなり、尿閉で病院に駆け込んでくる人がいます。そうならないためには、それとは逆のことをすればよいのです。
頻尿などの症状が悪化するのは、冬が多いのです。特に下半身を冷やさないようにしましょう。骨盤内の血液の循環を常によい状態に保つように心がけてください。40度前後のぬるいお風呂に、ゆっくり入るのも効果的です。前立腺付近を温めることで前立腺の緊張をやわらげることができます。また、入浴は快眠にもつながり、夜間頻尿にも効果的です。
また、デスクワークや運転など、長時間座ったままでいるのもよくありません。適度な運動をすることも、血液の循環をよくし、前立腺のうっ血を予防します。下肢の運動を重点的に行うといいでしょう。
最後に、薬には十分注意をして、他の病気で治療を受けるときは、前立腺肥大症であることを忘れずに医師に告げてください。たとえ、市販の風邪薬でも、成分によってはオシッコが出にくくなることがありますので注意して下さい。
以上、前立腺肥大症と前立腺がんの基礎知識と最新治療法について「前立腺がんとレディースケア」と題してご紹介しました。